囲炉裏端 〜その弐 (お侍 拍手お礼の八)

       *“お母さんと一緒”シリーズ。
 


野伏せりからの傍若無人な専横に抵抗するため、
こちらもそれは頼もしい“お侍様”という武力を整えた神無村。
とはいうものの、
その情報が選りにも選って相手方へと早くも洩れており、
いつ何時、野伏せりたちが群れなして襲来するやら判らぬという、
結構大きな不確定要素があるにしては。
よっぽど腕に自信の御方々であるものか。
せっかくの秋の彩りのいや映える、それは心地のいいお日和も、
それどころか朝も昼も晩もないほどに、
皆してピリピリ、四六時中 緊迫しているかと言えば…さにあらん。
途轍もない規模の兵器(発射台?)を一から手際よく作り上げていたり、
古廟を刳り貫き、整備しての物見を設け、
岩を丁寧に積み上げての頑強な堡を要所要所に設置したりと。
落ち着いての作業を計画的に着実に進めている辺りは、
ある意味、十分に余裕ある態度であろうし。
そんな作業の合間には、
なかなかに楽しげな応酬なども、繰り広げてござっておわす。



          ◇



お侍様それぞれが役割を任され、持ち場に分かれての各々の作業は、
哨戒担当のカツシロウくんへの伝言と、
時折ご本人が詰め所までを訪れることで、その進捗の状況が伝えられ。
作業が捗々しくないようならば、別の作業場から応援の人手が送られたり、
はたまた、弓の鍛練の難度を上げるぞという段にあっては、
まだ先の段階を攻略出来ていない者は居まいかという、
刷り合わせの伝令が各所へ飛びのと。
効率的な情報の統括がこなされていることで、
全体的な進度の均衡が上手に保たれながら さくさくと進んでもおり。
のんびり構えてはいられぬものの焦る必要もない、
それより何より“着実さ”をこそ礎にと、
どこぞの不正まみれの建設会社に聞かせたくなるような信念の下、
予定以上の進みようにて完成・完遂を遂げつつあって。

  「…キュウゾウ殿ですか?」

外へと開け放たれた戸口へはお背
(せな)を向けたままでも、
かすかな足音や何かしらの気配で判るものなのか。
入って来た誰かへお声を掛けるは、金髪長身の槍使い殿。
声こそ掛けたが…そのお顔が囲炉裏の方へと向いたまんまという相手へ、
「…。」
うんともああとも聞こえない、
視線を向けるだけという“相槌”を向ける彼も彼だが、
「掛け声の張り続けでは喉も渇きますでしょが、
 生水はあんまり体にはよくないですよ?」
何をしに此処へ来た彼なのか、
日に何度もあることとて、覚えてしまったシチロージ殿。
土間に置かれた大きな水瓶から、華奢なヒシャクをその手へ取って、
水を掬いかけている彼だと判っていたらしく。
「此処に湯冷ましを作っておきましたから、これをお飲みなさいな。」
やっとのこと、お顔だけをこちらへと向けて来、
愛嬌たっぷりに やんわりと細めた眼差しで、
炉端に置かれた盆の上、土瓶と湯飲みを示して見せる。
どんなに腕自慢であれ、いざという時に体が不調では何にもならぬ。
まま、彼らほどもの手練れたちなら、
そんなことくらいは基本中の基本として心得ておいでのことだろが。
生水どころか雨水ばかりを飲み続けるよな、
苛酷な戦さ場にだって身を置いたこともあろうが、
それでもやはり。
用心のしようがあることであるならばと、
万全を期して、わざわざご用意いただいた心遣いは有り難く。
ヒシャクを置いたキュウゾウ殿、そのまま囲炉裏のある居室の方へと足を運ぶ。
框の方へと寄せ置かれた盆を引き寄せ、
焼き物の土瓶から湯飲みへと、白湯を取ったその手がふと止まり、
「…。」
先程からのずっと、自分よりも少しほど年嵩のお兄さんが
その集中を奪われているものへと、今やっと気がついて。
「…。」
表情こそあまり動かぬままながら、それでも取った行動は判りやすくて。
靴を脱ぐのが面倒だったか、お膝から板の間へと上がり込み、
さして離れてもない相手の肩口へ、
それなり、気を遣ってか、そろりと手を置き、
背後からその手元を覗き込む。

 “興味津々…というところかの。”

丁度お向かいに同座していたんですよの、
首魁殿ことカンベエ様が苦笑したのも無理はなく。
その様は、まるで…大人の手仕事を一心に覗き込む、
幼い子供のそれのよう。
当然、覗き込まれているご当人にも、そんな様子だというのは判っており、
「何を作っているのか、判りますか?」
手元は休めぬままにやわらかく声を掛け、
「…。」
見当もつかぬか、すかさずふりふりとかぶりが振られることで
耳元へと当たるは、相手の髪の先。
その感触へかそれとも、幼い童のような仕草の方へか、
くすぐったそうに首をすくめつつ、小さく微笑ったシチロージ。
「キュウゾウ殿も、いつも見ているものですよ?」
まだまだ正解は教えぬまま、
胸元の手前、親指同士をくっつけ合っての、細かい作業が引き続く。
大判のハンカチくらいの大きさの、少し厚手の白い晒布。
その真ん中辺りを丸く丸く、細かき運針でチクチクチクと
下書きもないまんま、それでもお見事な針目で縫い進めている彼であり。
コマチ坊が ぐうに握った拳くらいの大きさの輪を、
くるりと白い糸目で描き終えると、
糸の始末はまだそのまま、お膝に一旦置いてから、
用意してあった、結構多めの綿を手にする。
「さあ、何になるものか。」
両手を重ね、その間に挟んだ綿の花。もしゃもしゃぐるぐる丸めて丸く。
ぎゅぎゅうっと固めてから、縫った輪の真ん中へ。
詰めものの要領で綿を押さえながら、縫い目を慎重に引き絞ってゆくと、
「…あ。」
背中に張り付いていた次男坊、小さな声を上げたので、
「判りましたか?」
訊くと今度はこくこく、頷いて見せる。
「ヘイハチ。」
「そう。ヘイさんのてるてる坊主です。」
小さな工兵さんが背に負っている軍刀の柄の先で、いつも揺れてるてるてる坊主。
作業の最中に引っかけてしまい、お顔の端が裂けたので、
繕うよりも作り直した方が早かろう、よござんすアタシが作って来ますよと、
気軽に引き受けての縫い物仕事。
頭が重くて逆さにならぬよう、
首を絞った後の糸は、綿の中を通して頭の先へと抜けさせてから、
長さに余分を見つつも、糸切り歯に引っかけぷつりと切って。
「さあ出来たっと♪」
お顔はヘイさんに描いてもらいましょうね。
「何たってこのてるてる坊主さん、
 ヘイさんのお気持ちと連動しているみたいですし。」
「???」
いやホント、シーンによっては表情違いますものね。
(苦笑)
いい匂いのする暖かなお背
(せな)へと、
ぴっとりとくっついたままでいたキュウゾウ殿。
いつぞやの、カンベエ様のお背に以下同文だった時みたいに、
そのまま転寝するということがなかったのは、
視線の先にて、細やかなお仕事が成されており、
それへと熱心な興味がそそがれていたから。

  “仔猫のようだの。”

人を屠ることにしか関心のない、
人らしさを一切持たぬ、冷め切った存在なのではなくて。
こんなありふれた日常の風景を、知らなさすぎる彼だというだけのこと。
ぺらりとしていた一枚布が、
見る見る内にもさくさく縫われて、
真ん丸なてるてる坊主へと膨らんだこと。
手妻でも披露されたかのように、
切れ長の瞳を丸ぁるく見張り、彼なりに感動していたようであり。
「…。」
お顔の前にてふりふりと揺らされる完成品へ、
母上の肩口にちょこりと両手を載せて、赤い眸を向けてた彼へ向け、

  「何でしたら、キュウゾウ殿にも作りましょうか?」

布も綿もまだありますしと話を振ったシチロージであったのだが、
「…。」
ちょぉっとだけ考え込んでから、
自分の方へと向けられた水色の眼差しへ、ふりふりとかぶりを振る彼であり。
「ヘイさんとお揃い…になるのが嫌なんですか?」
おやおやと、咎めるようなお顔をされたのへ珍しくも気が引けたのか、
「…。」
おずおずと、それでも…小さく小さく頷いたところははっきりしている。
まま、彼の刀捌きは、柄を順手逆手へ握り返すことでの自在な太刀筋こそが本領。
“こういうものがついててはお邪魔ではありますか。”
仕方がないですねと苦笑って差し上げ、それから…不意に矛先を変え、

  「カンベエ様はいかがです?」
  「…儂の刀につけよと?」

ええ、お米には不自由しなくなるかも知れませんよ?
楽しそうに くすすと笑ったシチロージの肩先で、
だが、
「…。」
ご本人からの答えより早く、
やはり かぶりを振ったのが、他でもないキュウゾウ殿で。
「? え?」
なんでです?と見返れば、今度ははっきりと一言だけ。

  「似合わぬ。」

途端に ぐうと言葉に詰まり、何とも言えぬお顔になったカンベエ様を前にして、
「〜〜〜〜〜。」
うっくと吹き出しかけてからの大慌てて。
どうやったら笑いを堪えられたものかと、
苦しげに口元を手のひらで押さえた元・副官殿。
いやはや、やはり、
まだまだ余裕の皆様方であるようです。




  〜Fine〜  06.12.31.

  *キュウゾウ殿がなんで“次男坊”なのかは、
   本編『囲炉裏端』をご参照くださいませ。
(笑)

  *なんだかどんどん、
   シチさんの“お母さん化”が加速しているような気が。
(笑)
   勘兵衛様はともかくとして、いつも炉端にいるのに無理がある?


ご感想はこちらvv

戻る